子どもたちが幼い頃、インターナショナルスクールやシュタイナースクールなど特殊な教育もいいかもと思った時期があった。しかしインターナショナルスクールは日本で正式な学校法人として認められないため、正式な学校卒業とはならないという話を聞いて候補から落ちてしまった。しかしこのスクールの利点は何といっても英語と国際的感覚が身につくことであろう。
私の知り合いは50歳を目前にして通信制高校に入学しました。彼は既に建築士として事業で成功していましたが、若い頃は不勉強だったせいで高校受験ができなかったので、この歳になってからの高校入学となったと話していました。 通信制高校でのスクーリングの際、生徒はもちろん、先生も彼よりも若い人たちにでした。若い人たちに囲まれ、彼は生徒たちから「社長」と呼ばれていたそうです。彼は高校では常に首席の成績をキープし、卒業後は、環境工学を勉強したいと大学にまで進みました。「新しい知識を得ることが楽しくてたまらない」が彼の口癖でした。 いくつになっても、学ぶことの大切さを彼は身をもって示してくれました。
「ここは雨が少なくて気候が良い。漁業だけでなく、最近はブドウやニンニク栽培も増え、生活はとても楽」。
ベトナム中南部ニントゥアン省の第2原子力発電所予定地のビンハイ村タイアン集落。日本が受注予定の原発計画で全戸の立ち退きが予定されているが、月収200万ドン(約8,000円)にも満たない村人が、簡素ながらも生活に満足している様子が印象的だった。
東日本大震災にともなう福島第1原子力発電所の事故発生から1カ月。ベトナム政府の原発建設方針に変更はない。しかし、現地を訪問すると住民への情報開示が適切に行われないまま計画が進んでいる印象を強く受けた。【遠藤堂太】
「原発ができれば、村は移転するのか。数百メートル沖合にある島までの海を埋め立てるのか。小さな船で漁業をやっているので埋め立てられれば困る」
2009年10月に第2原発サイトに隣接するタイアン集落を訪問した時、ある漁民から尋ねられ返答に困ったことがある。予定用地から1キロ以内のタイアンは移転対象で、島までの海は港湾として埋め立てる計画が既にあったのだが、住民には情報が開示されていなかったのだ。
今回(11年3月下旬)訪問すると、集落の中心地近くに計画概要の看板が立てられており、集落が移転対象であることが地図で示された。
1年半前に会った漁民に再会すると、その後、移転先として2?3キロ北の地区が指定されたが、「今の生活で満足だ。ここから移りたくない」と語る。移転する際の補償や移転時期については分からないという。どこの国が建設するか知らなかったので、日本が協力するのだと言うと、「そうなのか」と関心無さそうに答えた。
別の住民の一番の懸案は、「移転地で井戸が掘れるかどうか」。背後に最高峰千メートルの山並みを抱えるタイアンは、砂丘にも関わらず、枯れることのない淡水の井戸がどの家にもある。
日本の協力で建設されることを知っている人は、「日本は戦争でもベトナムを侵略し、原発でも敵だ」と冗談めいて話す。「断固として原発に反対するぞ」と市場にいた行商のおばさんは、拳(こぶし)を揚げたが、顔は笑っていた。
住民に今後の計画が伝わっていない。インフラ計画が提示されると、家屋や畑が新たに作られて補償費用を釣り上げるという問題が、各地で発生しているから、政府が情報開示に慎重なのは分かる。しかし、原発立地ではむしろ積極的に開示しないと反感を招き、原発稼働後の住民・電力会社間の協力関係構築も難しいものとなりかねない。
1年半前に比べると、集落から原発予定地までの土地は、ニンニク畑やブドウ棚などの耕地が増えたようだ。ブドウは中部高原に出荷され、特産ダラットワインの原料となる。補償目当てではなく、ベトナム経済の底上げで商品作物の生産が拡大している。
■ビナシン失敗も不信招く
第2原発予定地はファンラン市の北20キロの海岸線が複雑に入り組みウミガメの産卵地もある風光明媚な土地だ。一方、ロシアが支援する第1原発は同市から南に15キロのフオックジン村までは、ひたすら海岸砂丘を進む。漁業のほか、エビ養殖や製塩が盛んで、タイCPの飼料工場もある。エビ養殖業を行っている住民に聞くと「本当に原発を造るのか」と尋ねてきた。
ロシア建設だから不安なのか、と思ったらそうではない。
隣村フオックジエム村のカナ地区では国営ベトナム造船グループ(ビナシン)とマレーシアのライオン・グループの合弁で98億米ドルとされる製鉄所建設が計画され、一部住民が移転したが、結局計画が破綻したことが質問の背景にあるようだ。「原発ができないのに、移転して生業が継続できなければ馬鹿を見る」と住民は考えている。
「ベトナムはインフラが足りない」といわれるが、これは日本やハノイなど外からの視点だ。地域住民から見ると、この10?20年の間にトラックやバスが通れる道路が整備され、電気が供給され、農水産物市場が新たに創出され、「明日の生活は確実に良くなる」というハッピーな状況にある。日本の原発立地予定地のように、雇用創出や電源交付金による地域の活性化・福祉向上が進まないと「取り残されてしまう」という焦りも悲壮感もない。
そのため、住民のほとんどは、原発立地や移転を望んでおらず、福島原発事故を契機に賛成から反対に転じた訳ではない。ただ、ベトナム人は表だって政府に抗わないだろうし、信用も期待も寄せず淡々としている。日本のメディアは「ベトナムでは反原発運動が起きにくい」と報じたが、こうした背景や報道・言論規制があることの視点が欠落している。
■津波で守る優先は原発?
国際連合の自然災害調整グループが3月24日付で発表した資料によれば、フィリピン沖のマニラ海溝でマグニチュード8.6の地震が発生した場合、2?3時間後にはニントゥアンにも最大5メートルの津波が到達するという。
津波に関しても第1・第2サイトで聞いたが、「ある」「ない」など声は分かれたが明確に答えられた住民は皆無だった。省幹部に聞いても分からなかった。低気圧や季節風など気象に起因するいわゆる「高潮」と、地震に起因する「津波」などが、混同されているためで、ベトナムで本格的な津波観測システムの取り組みも5年前から始まったばかりだ。
報道によると、過去には8メートルの津波がニントゥアンを襲ったとされる。それを受け、原発計画の担当幹部が「15メートルの堤防を建設すれば、原発の津波対策は大丈夫」と発言しているが、沿岸の住民は流されてしまうだろう。「ニントゥアン省沿岸各地区にシェルターの建設を住民のために行う」ようなことも同時にアピールする機会だったはずだが、住民本位の発想は欠如している。
■国会でも説明求める声
グエン・ティエン・ニャン副首相は国会で3月29日、「福島原発事故を教訓に、さらに安全性の高い原発を日本とロシアの協力で建設する」と述べ、計画に変更がないことを強調した。
ただ、原発の建設予定地である中南部ニントゥアン省選出のダン・ティ・ミー・フオン議員は、「多くの住民が計画進行に大きな不安を抱いているが、説明すべき具体的な情報がない」と述べ、中央政府がテレビなど動画で原発について住民へ正式に説明することを希望した。他の議員からは「原子力分野を管轄する政府幹部や管理当局からの適切な情報発信がないことが、住民の不安を高めている」との指摘もあった。
ベトナム原発計画には情報開示が不透明、気象データが足りないなど発展途上の社会主義国ゆえの課題も少なくない。「2020年工業国入り」のシンボルとしたい政府の計画は、さまざまな懸案や不安を押し切った形での「推進」であることが、浮き彫りになっている。
(後編に続く)